なぜ製品設計力が重要なのか。
私は前職の製品設計者、現在のコンサルタント業務を通して、製品設計力の強化が中小製造業(以下中小企業)が勝ち残るための数少ない手段の一つであると確信しています。設計力は製造力とともに製造業における車の両輪に例えられることがあります。ほとんどの中小企業は、図面と仕様書があれば要求事項を満たした製品を製造することはできます。しかし、まだまだ多くの中小企業が車の両輪のうちの片方、製造力だけしか持っていないため、目の前に広がっている市場の獲得や、自社の競争力を向上させるチャンスを逃しているのが現実です。
※「製品設計力」「下請企業」は以下のように定義します。
【製品設計力】
設計という手段を用いて、様々な要求事項を満足させる製品や部品、それらを含むサービスを生み出す組織能力
【下請企業】
顧客から図面や仕様書を提供され、その指示に従って製品を製造する企業
製品設計力のある中小企業にとっては、大きなチャンスの時代である
現在は日本の製造業にとって大きな変化の時代ですが、変化をチャンスに変えることができる中小企業もあります。それは以下のような中小企業です。
・新しい製品やサービスを生み出す能力を持っている。(製品設計力がある)
・リスクを取れるチャレンジ精神がある。(特に経営者の意志が重要)
・時代の変化に柔軟に対応できる。
・自社の強みを活かして、ニッチ分野に経営資源を集中投入できる。(戦略をミスするとチャンスをものにすることはできない)
日本国内に主要拠点を持つ中小企業を念頭に、上記のような中小企業にどのようなチャンスがあるのかを以下で詳しく説明します。
①課題先進国である日本での製品開発
製品はニーズや課題の現場近くで、企画・設計・開発することが成功への近道です。新興国向けの製品を技術者が揃った日本ではなく、現地で設計・開発するグローバル企業が多いのも、遠く離れたところから現地のニーズや課題を理解することが難しいからです。人件費の低さだけが理由ではありません。日本は課題先進国と言われ、世界で初めて直面する多くの課題を持っています。日本にしかないニーズや課題であれば、海外企業の参入は少ないことが予想されます。しかも、それらの課題は近い将来、世界の多くの国で解決しなければならない課題です。すなわち、日本向けに磨き上げた製品やサービスは、将来、海外展開ができる可能性も高いということです。多くの中小企業は、日本国内向けと海外向けの両方の製品を立ち上げる経営資源はないと思われます。そうであれば、日本にしかないニーズや課題に目を向け、将来的な海外展開も視野に入れた製品戦略を立てることは、非常に有効な手段だと思います。
世界に先駆けた課題には以下のようなものがあります。
■世界一の高齢化率と高齢化スピード
国立社会保障・人口問題研究所のデータによると、2015年の高齢化率は26.8%(推計)、2055年は39.9%(推計)です。高齢化に伴うニーズや課題は幅広く、また、高齢者の身体状況は個人差が大きいため、それぞれのニーズはニッチなものになります。まさに中小企業が目を向ける分野としてふさわしいでしょう。
現時点でも多くの企業が参入していますが、まだまだ満たされていないニーズが存在していることは間違いありません。障害の種類、ターゲット(高齢者、介護者、行政、所得水準など)、その組み合わせを考えると、ニッチなニーズは無限に広がっていると思います。
<高齢化の進展に伴うニーズや課題の例>
ニーズや課題 | 考えられる製品やサービス |
高齢者の健康寿命拡大 (介護予算の削減) |
・認知症予防のための生活習慣改善支援サービス ・エビデンスに基づく健康寿命を延ばす健康器具 |
介護の生産性向上 (介護予算の削減) |
・食事介助製品(障害の程度により様々な製品を品揃え) ・要介護度診断の自動化サービス |
介護業務の快適性向上 | ・安価な排泄物自動処理機 ・高性能な脱臭機能付き建材(壁紙、タイル、床材 など) |
自宅内での転倒事故予防 (転倒は健康悪化に直結) |
・滑りにくい浴室の床や浴槽の材質 ・転倒時の怪我を防止するウェアラブルの簡易エアバッグシステム |
交通事故予防 (高齢者の交通事故は増大傾向) |
・道路横断時に自動車の接近を警告する装置 ・暗闇での視認性を向上させる眼鏡 |
少し考えただけでもたくさんのニーズや課題を抽出できます。自らアイデアを出して製品化できる企業には大きなチャンスが広がっているでしょう。
以下は実際に販売されている高齢者向け製品の例です。安価で手軽な自動排泄処理機が普及したら、介護や医療の現場は大きく変わるような気がします。ちなみに高齢者向け製品の多くを中小企業が手掛けています。
■世界で初めての本格的な人口減少
国立社会保障・人口問題研究所のデータによると、2015年の国内人口は1.27億人(推計)、2055年は0.92億人(推計)です。仙台市や広島市ぐらいの100万都市が、毎年消滅するような時代がすぐ目の前まで迫っています。少子高齢化を伴いながらの人口減少であり、課題解決も容易ではありませんが、チャンスと捉えると、非常に多くのニーズや課題が存在します。
<人口減少に伴うニーズや課題の例>
ニーズや課題 | 考えられる製品やサービス |
老朽インフラ対策 (維持管理予算の削減) |
・インフラ点検の省力化機器 ・インフラの寿命延長を可能にする技術や製品 |
労働力不足 (介護、サービス業、製造業など) |
・(増える可能性が高い)外国人労働者向けの製品やサービス ・小売業生産性向上のための省力化機器 |
行政サービスの縮小 | ・限界集落向け行政サービスの代行(自動機などにより省力化) ・ライフラインの自給自足化を可能にする製品(行政サービスがストップしても転居は嫌だという人向け) |
人口減少によるメリットの享受 | ・余った土地で、初心者でも高付加価値農業を可能にする製品やサービス ・人が減った農村地域で、長期滞在型里山観光に対応した製品やサービス |
■その他の日本にしかないニーズや課題
日本にしかニーズや課題がなく、将来的な海外展開の可能性もあり、かつ中小企業が手掛けるべきニッチな分野はその他にもあります。和食関連製品(加工機や包装など)、地震対策製品、津波対策製品、放射線対策製品などです。探せば他にもたくさんあるのではないでしょうか。
<株式会社PSS 枝豆さや剥き機>
※社員数15名の企業の製品です。枝豆は海外で人気が急上昇している日本食です。
<株式会社ポンド 津波避難用シェルター LIFE ARMOR>
②自社製品販売のハードルがかつてなく低くなっている
インターネットを活用することにより、自社製品販売のハードルがかつてなく低くなっています。すでに多くの中小企業や個人が活用していますが、非常に低コストで販売や広告を開始することが可能です。もちろん、しっかりとした戦略を持って、顧客や消費者のニーズを満足させ、情報発信していかなければ、売れる製品にはならないと思います。しかし、中小企業にとって「はじめの一歩」のハードルが低いことのメリットは計り知れません。下請を続けている中小企業の経営者と話をすると、自社製品を立ち上げた知り合いの企業の失敗談をよく聞かされます。「はじめの一歩」を踏み出せない経営者が多いのです。しかし、まずは始めてみないと自社のやり方が正しいのか間違っているのか分かりません。サブウェイの創業者が好んだという「構え!撃て!狙え!」(構え!狙え!撃て!ではない)という考え方も必要です。とにかく始めてみて、少しずつ改善していくという方法が、多くの中小企業にとって手を付けやすいのではないでしょうか。
③今後もインバウンドの拡大が予想される
御存知の通り、インバウンドが大きく拡大しています。観光は世界最大級の産業とも言われており、近隣国の経済規模に大きな影響を受けます。アジアの経済発展はまだまだ続くと考えると、今後もインバウンドの拡大は続くと予想されます。既に多くの企業がインバウンド向けの製品やサービスを投入していますが、中小企業にとってはまだまだチャンスが眠っていると思います。「爆買い」と呼ばれる現象は一時的なものだと思われますが、訪日客にとって日本旅行の思い出になるような製品のニーズは今後も続きます。特に日本やその地域でしか買えないもの、メイド・イン・ジャパンであることに価値がある製品などのニーズは、インバウンドの拡大と共に高まって行くでしょう。また、ホテルなどの受入側にとっても、お客様の国籍ごとにきめ細かなサービスを展開したいと考えているはずです。それらを支援できるような製品を立ち上げることができれば、大きなチャンスとなります。製品やサービスの個別の市場は大きくないことと、大企業は海外でも日本でも売れる製品を作りたいと思うはずですから、大企業が本格的に参入してくる製品は少ないと思われます。中小企業にとっては、ターゲットとしてふさわしい市場でしょう。
<エジソンハードウェア株式会社 多言語拡声装置 MLIタッチメガホン>
※英語、中国語、韓国語で緊急情報を流すことができるメガホン。社員数7名の企業の製品です。
④市場や技術の変化がますます早くなっている
自動運転自動車、インダストリー4.0、IoT、クラウドファンディング・・・。5年前にはほとんど聞いたことがなかった言葉ばかりです。市場の変化はますます早くなっています。その変化に対応できなければ、市場から退場せざるを得ません。変化をチャンスと捉え、果敢にチャレンジした企業のみが勝ち残ることができます。こういう時代においては、規模が小さく、経営者のトップダウンで市場の変化に柔軟に対応することができる中小企業に、大きなチャンスが広がっていると思います。
特にIoTは中小企業にとって、チャンスが広がる可能性が高いと思っています。既存の製品にセンサーを付けインターネットにつなげると、提供できる価値の幅が大きく拡大します。例えば、自宅のカギを例にとって考えてみます。
<カギ×IoT(センサー&ネット)で提供できる新たな価値>
・玄関ドアに近づいたら自動で開錠する。
・紛失してもGPSやビーコンで探し出せる。
・紛失したカギを使用できないように設定できる。
・カギを持たせたくない子供が帰宅した時に、遠隔操作で開錠・施錠できる。
・留守宅に子供が帰宅したかどうかをスマホでチェックできる。
・カギの使用記録を保存できる。
・カギの閉め忘れをメールで知らせることができる。
・防犯のため時間帯毎に鍵を使用できないように設定できる。
・カギの修理時期を知らせることができる。
カギの市場規模が極端に大きくなるわけではないので、ニーズ毎に製品やサービスが細分化されることになります。このように多くの製品で中小企業が手掛けるにふさわしいニッチ分野が誕生することになります。
製品設計力のない下請企業にとっては、非常に厳しい時代である
市場のあらゆる側面から見て、下請だけで事業を続けることは難しいと言わざるを得ません。下請専業で勝ち残れるのは、一部の業界で、特殊な製造技術を磨いているごくわずかな企業だけでしょう。
①新興国企業との競争がさらに激しくなる
下請企業にとっての真のライバルは新興国企業になっていきます。多くの大企業は今後ビジネスの重点をますます海外に向けて行くことが予想され、現地での製造、設計・開発を拡大させていくと思われます。図面や仕様書を渡されてそれを製造する下請企業は、新興国企業と全く同じ土俵で戦わなければならず、最終的にコストで勝てなくなるのは明らかでしょう。
また、以下のような点においても、下請企業の劣勢は明らかです。
・大企業は市場の拡大する新興国での生産を拡大する。(生産量が多い方が低コストで製造できる)
・大企業が「系列」を維持する意志も、余裕も、メリットもなくなりつつある。
・新興国企業の製造力(QCD)が徐々に高まっている。
・新興国の人件費はまだまだ日本より安価。
・日本は労働力不足のために人件費が上がっていく可能性がある。
・ターンキー契約の増加(カギを回せばすぐに稼働できるような状態で設備やシステムを引き渡す契約。技術のない新興国企業でもすぐに製造が可能になる)
・第4次産業革命の進展(製造設備や製造技術の標準化が進み、製造技術の強みが活かせなくなる企業が増える可能性がある)
・BCPの観点から、特定の企業でしか製造できない、特殊な製造技術を使った製品や部品の採用は敬遠される。
縮小していく国内生産の限られたパイをめぐって、国内の下請企業同士の競争が激しくなっていきます。国内の下請企業の実力はあまり変わらないことが多いので、結局コスト勝負になっていき、体力を擦り減らすことになります。
③労働力・人材の確保が難しくなる
日本は人口が減少し、労働力が不足し始めています。製造業にとっても、介護やサービス業などと労働力の獲得競争になっていきます。しかし、下請企業にとっての真の問題は、その仕事が従業員にとって魅力的かどうかだと私は考えています。年に多くても数名程度しか採用しない企業にとって、国内の人口がたとえ半分に減っても、実際はあまり関係ありません。魅力的な企業であれば、募集人員の何倍もの応募があるはずです。
下請企業にも魅力のある仕事をしている企業はたくさんあると思いますが、一般的にはそうではないケースの方が多いでしょう。魅力がないから優秀な人材が集まらない。優秀な人材が集まらないから魅力が出ない。そういった負のスパイラルに陥っている企業も多いのではないでしょうか。自社製品があることだけが、仕事の魅力を向上させるわけではありませんが、家族や友人などに対して、自慢できるような製品を作っている企業で働いている、それが大きな魅力の一つとなることは間違いないと思います。
製品設計力があることのその他のメリット
私は前職の製品設計者、現在のコンサルタント業務を通して、製品設計力がある中小企業の方が、強い交渉力を持っていることを実感してきました。また、その他にも製品設計力を持っていることによるメリットは数多くあります。
①顧客に対する交渉力UP
設計はブラックボックスで進められる作業も多いので、顧客側もある程度発注先に頼らざるを得ません。言い方は悪いですが、それが弱みとなるため、顧客に対する様々な交渉力が高くなります。例えば、下記のような面で交渉力UPが見込めると思います。
<顧客に対する交渉力UP>
・価格
・納期設定(設計リードタイム)
・製品仕様決定
参考記事:中小製造業が自社設計を行うメリット~価格交渉力UP~
②原価低減できる範囲が大きくなる
原価の80%は詳細設計までに決まると言われています。自社で製品設計に取り組むことにより、原価低減できる範囲が大きくなります。
参考記事:原価の80%は詳細設計までに確定
③自社の企業理念に合った事業を行うことができる(自社製品の場合)
下請の場合は、自社の理念と合わない事業もやらざるを得ません。
④顧客に頼られる存在となる
顧客に頼られるというのは、大きなやりがいを感じるはずです。
⑤仕事が楽しくなる
自分達が考えたアイデアで製品やサービスを生み出すことは、ものづくりの最も大きな楽しさ、喜びのひとつであると思います。
現在、下請脱却を目指している中小企業、製品設計力を強化したい中小企業へコンサルティングを行っていますが、やはり製品設計力を身に付けるのにはある程度時間がかかるというのが実感です。しかも、これまで受け身の仕事をしてきたために、仕事のやり方を変えることへの抵抗も大きなものがあります。しかし、これまで説明したとおり、製品設計力を身に付け強化することは、多くの中小企業にとって勝ち残るための数少ない手段の一つです。現状維持が最大のリスクだと思います。ぜひ、多くの中小企業の皆様が製品設計力を身に付け、これからの変化の時代に勝ち残って頂きたいと思います。
以上