国内市場の縮小、グローバル化、労働力不足・・・。これから先のことを考えると、下請製造のみのビジネスモデルではまずい、一社依存の状況を変えたい、という思いがある中小製造業の経営者は多いのではないでしょうか。しかし、自社で設計を取り込んだり、自社製品を立ち上げたりすることはリスクが高い、また人材もいないのでハードルが高そう、と二の足を踏んでいるのかもしれません。
何らかのリターンを得ようと思ったら、リスクを取らざるを得ないのが世の常です。自社設計を行うことは、製品不具合の責任などリスクを伴いますが、上手く実力を付ければ、利益向上(価格交渉力UP)というリターンを得られます。
今回は1人でも多くの中小製造業の経営者の方に、自社設計に取り組んで頂くように、自社設計を行うメリットの1つ「価格交渉力UP」について説明しようと思います。
下請企業の受注パターン
今回は、顧客(主に大企業)から製品の仕様を提示された上で注文を受け、製品を設計・生産する企業を想定して考えてみます。顧客から製品を受注する場合、設計を軸にして考えると、下記のような3つのパターンに分けることができます。
パターン | 説明 | |
① |
下請製造+基本設計+詳細設計 |
購入仕様書のみを受領し、基本設計から詳細設計まで実施 |
② |
下請製造+詳細設計 |
基本設計図/購入仕様書を受領し、詳細設計を実施 |
③ |
下請製造のみ |
製品図・部品図/購入仕様書を受領し、その通り製造 |
最も価格交渉力が弱いのは「③下請製造のみ」
当然③が最も価格交渉力が弱くなります。交渉力が弱くなる理由として、以下のようなことが考えられます。
(1)顧客が製品の原価を概ね把握している
⇒顧客に製品の仕様を完全に決める能力があるということは、原価についてもある程度把握していると思われる。
(2)製造ラインをオープンにせざるを得ない
⇒価格のこと考えると、製造ラインを顧客に見せない方がよい。しかし交渉力が弱いため、「品質向上のため」などと迫られると拒絶できないことが多い。製造ラインをオープンにしてしまうと、顧客の設計者や購買担当者にかなり正確な原価を見積られてしまう。
(3)相見積りでどんどん価格が下がる
⇒製品図と購入仕様書があるので、複数社への見積りに大きな手間が掛からない。設計が同じであれば価格の比較も容易なので、管理費や利益率といった項目ごとの値下げ要求を受けてしまう。また、製品図と購入仕様書があれば、海外企業への見積りもそれほど大きな負荷が掛からない。その結果、海外企業の見積り結果を元に値下げ要求をされてしまう。
(4)価格以外の付加価値を顧客に与えていない
⇒そもそも品質が低い、納期が守れない企業へは見積り依頼が来ないので、価格だけの勝負となることが多い。すなわち、価格以外に顧客に付加価値を与えられるものがない。したがって、大きな利益が取れるような価格で受注はできない。
(5)製品全体の目標原価は決まっているので、顧客の購買担当者は値下げしやすいところに圧力をかける
⇒市場の低価格化要求はますます強くなっている。顧客の購買担当者も目標原価達成のために、相当なプレッシャーを受けているのは間違いない。値下げ要求が価格交渉力が弱い企業に集中することを止めることはできないだろう。
上記を考えると、製造ノウハウでよほどの差別化ができない限りは、どうひっくり返っても、利益が出るビジネスにはならないように思います。下請製造企業(設計なし)の利益率が極端に低いのは、やはりこの下請製造(設計なし)という形態が、もはや利益が取れないビジネスモデルになってしまっているのだと思います。
差別化可能な製造ハウハウを持っている企業であれば、強い価格交渉力を持つことができますが、安心はできません。東日本大震災を契機に、企業のBCP(事業継続計画)に対する要求は非常に高くなっています。国内で1社しか製造できないような製品は、BCPの観点では非常に高リスクです。顧客もそのような状況は早期に解決しようとするはずです。つまり、どの企業でも製造できるようなものにする技術開発を行うのは間違いありません。製造ノウハウだけに頼るのも、また高リスクなのです。
自社設計を取り入れると価格交渉力が強くなる
顧客が①や②の方式で発注するのには、以下のような理由があります。
・設計能力がない
・開発/設計のリードタイムを短縮化したい
・開発/設計の人員が不足している
・開発/設計にかかるコストを圧縮したい
・製品のコストダウンを図りたい
・自社リソースの選択と集中を図りたい
これらは現代の多くの大企業が持っているニーズでもあります。そのニーズを満たすことができるだけでも、競合他社と比べて大きな差別化要因となります。競合よりも顧客に対して付加価値を与えることができるのですから、顧客に対しての価格交渉力が強くなることは間違いありません。
では自社設計を取り入れるとなぜ価格交渉力が強くなるのかを考えてみます。理由としては以下が考えられます。
(1)顧客に製品の原価を正確に把握できる人がいない
⇒顧客に設計能力がない場合、原価を正確に把握できる人はほとんどいない。また、当初は設計能力があっても、設計の外注を長期間続けていると、原価を把握できる人がいなくなる。そうなると、顧客は価格に関して具体的な攻撃材料を持てないので、自社の価格交渉力が強くなる。
(2)顧客は自社なしでは製品を開発/設計することができなくなる
⇒設計を自社に取り込み、ある程度の期間が経つと、顧客は自社なしでは製品を開発/設計することができなくなる。すなわち、自社は顧客にとって不可欠の存在となるので、価格交渉力は強くなる。
(3)設計を取り込むことにより、原価を自社でコントロールできる
⇒詳細設計までに原価の80%が決まると言われている(参考記事参照)。自社で設計を行うことにより、工夫次第では大きなコストダウンを図ることができる。原価の決定割合は、設計の上流工程に行くほど低下するので、②より①で受注した方が、コストダウンの可能性は広がる。
もちろん、顧客が原価を把握できないからといって、無理な価格設定をしてしまうと、顧客が離れて行ってしまいます。市場における価格の要求を守ることは、顧客にとっては最も大事なことのひとつですので、それを踏まえた上で価格交渉をやるべきであることは言うまでもありません。
顧客側も市場からの低コスト化要求を満たすために必死です。自社が利益が取れないのを顧客や社会の責任にしてしまうわけにはいきません。自社設計を行い、顧客にとっての付加価値を上げて行くという、ひとつの有効な手段があります。できるだけ早く下請製造(設計なし)というビジネスモデルを変えて行くことが重要だと思います。
<関連記事>
原価の80%は詳細設計までに確定(2015年7月17日記事)